中小M&A事情

中小企業のM&A業界の事情、日常を紹介、解説するブログです

500万円で果たして優良企業の社長になれるのか?

昨日付けの現代ビジネスの記事がネット上で話題になっています。

gendai.ismedia.jp

 

業界関係者として、ミスリーディングの無いように補足をば。

 

  •  実際に個人が買い手となったM&Aはどのくらいあるのか?

記事の文中では、M&A仲介会社のサイトに掲載されている売り案件について

実は、会社経営者の間で、この「ネットを通じた会社売買」は盛んにおこなわれていて、そこには個人も参加可能なのです。

 とありますが、果たして個人も実際に買い手になっているのでしょうか?

 

挙げられているM&A仲介会社のストライク社のサイト上では、成約実績の一覧も掲載されています。

www.strike.co.jp

 

2016年の成約実績全55件のうち、“譲受け会社”として記されているのは、事業会社の買い手がほとんどであり、実際には個人の買い手というのはほとんどいないようです。

 

記事中でも

前出のM&A仲介会社が扱う会社は売上高数億円~100億円程度の会社がほとんどで、購入するには億単位の資金が必要なものが多い

とありますので、実際には個人の資力で売買できる案件というのは少ないということでしょう。

 

  • 会社の購入費用は500万円で足りるのか?

M&A仲介会社を利用した場合、会社の買収対価だけでなく、仲介手数料も必要になります。(PDF注意)

平成29年8月期第2四半期決算説明資料(2MB/41P)

 上述のストライク社の例でいえば、前期2016年8月期の売上2,006百万円に対し、成約組数は48組です。決算短信によればストライク社はM&A仲介事業の単一セグメントということなので売上が全て仲介手数料とすれば、2,006/48組=M&A1件あたりの手数料は41.79百万円にのぼります。

 

500万円のような少額の“買い物”では民間の仲介会社では手数料が割に合わなそうですね。

 

  • 事業引継ぎセンターとは何ぞや?

公的な支援施策として事業引継ぎセンターが挙げられていますが、正確には「事業引継ぎ支援センター」という名称で、都道府県(自治体)ではなく、経済産業省(国)の所管になります。産業競争力強化法という根拠法に基づいて2011年から運営されている事業です。

shoukei.smrj.go.jp

事業引継ぎセンターには、夫婦とアルバイトで回しているような売上高数千万円程度の会社も含まれていて、数百万円もあれば買える会社もたくさんあるのです

 とありますが、残念ながらほとんどのセンターではそのような案件情報を掲載しておらず、掲載しているのは愛媛県などごく一部のセンターのみのようです。

「譲渡希望(売り)」の情報を更新しました。|新着情報・お知らせ|愛媛県事業引継ぎ支援センター - 後継者不在の事業承継相談は、無料の公的窓口へ

 

各地のセンターに足を運び、譲受け希望の旨(相談者の背景、目的、対象、予算等)を相談し、登録する必要があるようです。

 

個人向けのサービスとしては、事業引継ぎ支援センターでは起業志望の個人向けに「後継者人材バンク」という制度を2014年から始めています。

後継者難に悩む小規模事業(商店街の店舗等)のオーナー経営者の方に、起業志望の個人の方をマッチングするという仕組みです。

 

どのくらいの成約事例が出ているかはまとまった資料が発表されていないようですが(全国でも数件?)、よく取り上げられている成功事例は静岡県のセンターで手掛けた商店街の乾物屋のケースです。

 

蒲原屋(中小企業白書

http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H25/h25/html/b2_3_1_4.html

 

テレビ東京ガイアの夜明けでも取り上げられた事例ですが、番組の情報では、お店の売上が年商10百万円、粗利が数百万円、後継者候補の方の人件費がほぼフルタイムで月5万円ということでした。いきなり事業を売買するのではなく、後継者候補の女性が何年か“丁稚奉公”をしながら引き継いでいく、という話のようです。

 

本ケースでは夫の方の稼ぎで生活は問題ないということでしたが、こういった規模の事業ですぐ生計を立てようとするのは難しいかもしれません。

 

小規模案件を取り扱う公的支援機関でもこのような状況ですから、

世の中には500万円で買える会社がこんなにあった!

 というタイトルはややミスリードな感もあります。

 

  • 500万円の会社の裏には何がある?

はてなブックマークのコメントでも指摘されていますが、会社の買取り対価(株価)が500万円であったとしても、それ以外の負担、リスクも抱えることになります。

会社(株式)を買い取るということは金融債務も引き継ぐということですが、世の中の中小企業は無借金のケースは少なく、銀行借入を抱えている会社がほとんどです。

 

極端なことを言えば、大企業でも債務超過であれば1円で売買されることもあります。

少し古い例ですが、スポーツ用品大手のフェニックス社は中国企業に1円で売却されました。

 

j.people.com.cn

 

つまり、会社の購入対価が安い=手軽に買収できる、わけでは無いということです。

 

銀行借入には代表者の個人保証が必要とされることがほとんどですが、文中では

しかし今なら、会社は「無担保無保証」で買えます。

 とありますが、本当でしょうか?

 

金融庁が発表した資料によると、民間金融機関の新規融資に占めるガイドラインの活用割合は12%と低調であり、まだまだ普及には時間がかかりそうです。

民間金融機関における「経営者保証に関するガイドライン」の活用実績(PDF注意)

http://www.fsa.go.jp/news/27/ginkou/20160620-1/01.pdf

これは新規融資に限った数字ですので、(M&A時に引き継がれる)過去に借り入れた既存の融資も含めるともっと低い数字になりそうです。

 

引き継ぐ負担、リスクは金融債務に限らないのですが、長くなりますので今日はこの辺で。

 

全体的に批評めいた内容になってしまいましたが、リタイアした個人の方がその経験、ノウハウを生かして新しいことに取り組むということには僕も賛成です。

ただし、やはり会社の売買というのはモノの売買とは大きく異なるので、いろいろ注意が必要ということかと思います。

 

 

ベールに包まれた中小企業のM&A事情について語っていきます

 

中小企業のM&A業界は、一般的には馴染のない方々がほとんど。会社経営者であっても会社を売却するのは一生に一度あるかないか。M&A当事者であっても、初めての経験で手探りで進めることが多いのが実情です。

 

不動産業界では、宅建の業法や資格によって一定の消費者保護、業者の品質が国によって担保されており、手数料の基本的な体系もきちんと定められています。一方で、M&A業界は国の許認可も資格も無いのでそれに携わる業者も玉石混交といったところでしょう。

 

中小企業のM&A業界に携わってから約10年になる私が、業界の事情、日常、ホントのところについて綴っていきたいと思います。

 

今のところ、以下のようなテーマを考えています。

 

M&A案件の探し方

M&Aを進める上でのポイント

・よくあるトラブル、リスク

M&A業者の選び方

M&Aに係る書式のひな形、サンプルなど

M&A成功事例、失敗事例

M&Aの公的な相談窓口

 

今後もお付き合いよろしくお願いします。